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「これが、歌舞伎の原型だべかあ」
瑠璃は興奮で上擦った声を上げた。
瑠璃が京で流行ってる阿国の歌舞伎を見たいと言い出したので、義昭とボクっ娘、少数の護衛だけでダブルデートみたいに町にくり出した。
「もう、アイドルのコンサートみたいだべな」
若衆姿の綺麗なお姉さんたちが、舞台の上で踊っている。
漆黒の闇をはらうように松明がメラメラ燃えているのが、ディスコのミラーボールみたいだった(行ったことねえけど)。
太鼓で結構のりのいいビートが会場に響き渡り、観客は知らず知らずのうちに身体を揺らしてトランス状態になっていく。
舞台では阿国と思われる女性がセンターで扇を揺らして踊りを披露していた。少年のような清潔な顔立ちとはうらはらに、衣装からはみ出そうな豊満な乳房がちらちら見えて、やばいくらいエロい。
見物人は、庶民や武士、貴族と多様で、みな阿国に魂を奪われたように目で追い続ける。
「踊れや、踊れ。歌えや、歌え。狂えば、この世も極楽ぞ」
何だか明るく歌ってるけど、内容は物悲しく、ほろりとする。
踊りが終わると暗転して、舞台には船の帆先みたいなセットが組まれていた。太鼓に代わって、静かな笛の音が聞こえてくる。それに聞き惚れていると、舞台の右袖から阿国が大弓を持って現れた。
「東人《あずまびと》よ」
反対を見ると、船の帆先には美しい平安時代の女官に扮した女性が、扇を持って叫んでいる。
「野蛮な坂東《ばんどう》の武人よ。その技量《うで》噂通りならばこの扇を射れるか見せてみよ」
「与一目をふさいで……」
舞台の隅には琵琶法師に扮した爺さんがいて、平家物語の那須の与一の場面を語りだす。
「南無八幡大菩薩、我国の神明、日光の権現、宇都宮、那須のゆぜん大明神、願はくはあの扇のまんなか射させてたばせ給へ。 これを射損ずる物ならば、弓きり折り自害して、人に二たび面をむかふべからず、と叫び……」
琵琶法師の語りにシンクロするように阿国が大弓を引き絞っていく。太鼓の音が大きく鳴って、会場は自然に緊張が高まっていく。
瑠璃が俺の右手をぐっと掴んだ。一拍《いっぱい》の静寂の後にヒョーと音をたてて阿国の弓から矢が放たれた。女官の手元を見ると、扇は見事射抜かれている。
「阿国見事なり」
「鮮やか、阿国」
「阿国あっぱれ」
数千の観衆からの拍手喝采が鳴り止まない。
瑠璃は負けないくらい大きく拍手しながら、俺の耳に口を近づけて言った。
「ねえねえ、石碑だけじゃなくて物語で原発反対やってみるのどうだべ」
「どういうことだ」
「原発反対歌舞伎を後世に残すってこと」
瑠璃はさも極上のアイデアを思いついたように、自慢顔で俺の胴にしがみついてくる。
瑠璃が今川家のメイン氏神《うじがみ》である浅間神社の裏で、俺の肩に小さな頭を置いてリラックスしている。髪が俺の首にかかってきて、くすぐったい。
年に一回この神社で今川家の長久の繁栄を祈願する。俺と瑠璃は神主さんの祝詞が長過ぎるので、家臣の目を逃れて二人で裏庭でサボっていた。
「で、伊達輝宗さんは何を求めてるんだべ」
瑠璃は青空を遠くに見ながら質問する。
「まあ、相馬が目ざわりなんだろう」
俺はあくびをしながら、遠い相馬の海について思いをはせる。
伊達は相馬と長年争ってきたので、俺を通して北条と幕府の協力で相馬を滅ぼしたいのだろう。
「相馬の殿さんを討つのってひどいべ。地元の殿さんだよ」
瑠璃は暗い声で言った。地元愛が強い彼女には受け入れたくない選択なんだろ。
「相馬は石碑の邪魔をするんだ。分かるべ」
「そこまでして、石碑いるんだべか?」
瑠璃が根本的な質問を投げかけてきて、俺は顔をしかめる。石碑建設を諦めたら、この戦国時代で自分が自分で無くなる怖さがあった。
「石碑は作りたい。それに相馬は滅ぼさない」
「難しいべなあ」
「相馬だけじゃなく東北の海に石碑を複数作りたいんだべ」
俺は必死で瑠璃を説得する。
「石碑名目に戦争楽しんでねえか?」
元教え子の反抗的な態度に俺は戸惑ってしまう。
「俺は福島や東北を守りたいだけだ。瑠璃もそうだろ」
「分かるけど、戦争してまでやることかな」
「ところで、お前の実家の北条に支援を頼まないと」
「ううう、面倒くさい」
瑠璃と二人きりになってイチャイチャしようと思ってたのに、思わぬ瑠璃の不機嫌に思わず天を仰いだ。