「Vは下唇を噛み弾く様にして発音します。正面と横方から私が発音するのをよく見ておいてください。」
北野正念龍(キタノジェネラル)は教育実習初日ということで張り切っていたが、いきなり出鼻を挫かれてしまった。
最前列で堂々と落書きをしている生徒がいて注意をしようとしたがそれ以上に目を引く生徒がいた。後方窓際に座る生徒は左で頬杖をつき徐にグランドで行われている体育のサッカーに夢中になっている。また、右手で500円玉をコインロールさせ足を組んで左足のみで空気椅子をしている。
「えーと古賀時雨さん、君はそんなに私の授業が退屈かね?」
古賀はこちらを一切見ずに答えた。
「先生の授業は退屈ですよ。Vの発音なんて何でいろんな角度から見る必要があるんですか。」
北野は中学生相手に怒りを覚えてしまったことを非常に情けなく思った。個性を重んじる教育、一人一人が自分らしさを発揮できるような教育者になりたいという自信の教育者としての野望は、実は薄っぺらい理想のような気がしてしまった。しかし、まだ教育者の卵であるので態度に出さないようにすれば、後にこの様な生徒に対しても本気でそれが個性であると思えるようになれば、私はまだ教育者としてあり続けられるだろう、そのように考えなるべく優しく諭すように言った。
「そんなに気になるのなら窓からでも飛び降りて参加してきなさい。」
少し嫌味を含んだ言い方になってしまったことを後ろめたく思う暇もなく、古賀は動いた。
「ありがとうございまーす。」
その瞬間、本当に3階の窓から飛び降りてしまった。
何が起きたのか理解できず、慌てて窓の外を見た。時が止まったかのような静けさに違和感を感じたが、中指を突き立て元気に走り去っていく様子に全てがどうでもよくなった。
「それでは正面から私がVを発音するのをよく見ておいてください。」自身の内なる修羅が呼び起こされているのを感じながら、どこぞのお笑い芸人のように、どう猛なライオンのように、そして地獄の番人のような形相で勢いよくのどを鳴らした。
「VEAH!!」