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福岡の田舎から出てきてようやく念願の歌手としてデビュー、しかしこの 裸足の季節 は聖子にとっては難しすぎる難曲!はたして歌いこなしてデビューできるのか?新人にとってダサい衣装で登場もアイドルシンデレラストーリーはここから始まる!この曲は作詞を三浦徳子さん、作曲を小田裕一郎氏というコンビが担当。小田氏はこれの前にもガールズ(ジューシーフルーツのイリヤさんが所属)の「野良猫」やサーカスのヒット曲「アメリカン・フィーリング」、そして石川優子さんの「クリスタル・モーニング」などを手がけていたが、聖子さんのデビュー曲から続いた3部作(「青い珊瑚礁」「風は秋色」)の大ヒット、そして彼女の大ブレイクにより‘聖子を世に送り込んだ’という肩書きで一般的にはグンと有名になってしまった方でもある。この曲は資生堂から発売されていた洗顔フォーム「エクボ」のCMソングとしてタイアップが決定。しかしエクボのない娘がCMに出るワケには…と二の足を踏んだのか、CMにはモデルでエクボ持ちの山田由紀子さんなる方がご登場するに相成ったのである。当時、これのTVCMを観ていた自分は、てっきりコンコン、この山田さんって方が=松田聖子だと思い込んでいたくらいなのである。現にデビュー当初は聖子さんと山田さんのおふたりによるジョイントサイン会なるものも実施…人が並ぶのはCM でお馴染みの山田さんの方ばかりで、歌を唄っていた聖子さんは「アンタだあれ?」状態にあったと言う。
たしかにちょっと無理矢理なデビュー曲…でも一体どういう流れでこのように至ったの?と思われてる方も多いことだろう。
1980年…歌手デビュー前の聖子さんの所属していたサンミュージックにはイチオシの新人歌手がいた。社が口説き落としてやっとこさ歌手デビューに至らせたという、中山圭子さんという方だ。阿木燿子さんの作詞に、南こうせつ氏の作曲という絢爛豪華な作家陣による「パパが私を愛してる」
という曲で同年の2月にデビュー
奇しくもレコード会社は後の聖子さんと同じCBSソニーだ。しかもこのデビュー曲はシャンプーのCMとのタイアップ付き、それこそ膨大な本数のTVCMが放映される予定で、彼女のデビューに関しては当時としては破格の、華々しいモノになるハズだったのである。しかもこの彼女のデビューにあたっては「同事務所からはむこう2年間、新人歌手は一切デビューさせない」というスゴイ内容による契約の取り交わしが行われたという話も聞く。それだけ事務所が惚れて惚れて惚れまくっていた素材だったのだろう。圭子さんと聖子さんは当時、一緒にレッスンを積んでいた仲、いわば‘同期の桜’だ。そんな状況下を考えると残念ながら聖子さんには1981年末頃まで歌手デビューのチャンスは無かった…ということになる。しかし、この状況はここを境にして、恐ろしいほどに豹変していくことになるのである。

圭子さんのデビュー曲にタイアップとして付く予定だったというシャンプーのCM、これがなんと事実上のオクラ入り(←なんでも輸入モノのシャンプーだったらしいのだが、その成分の中に当時の日本では許可が下りない物質が入っていたことが判明、即刻販売中止を喰らってしまったのである)。これはタイアップ付きで鳴り物入りデビューさせるハズだった社のイチオシ新人歌手に、とんだところでケチが付いた挙句の大打撃。しかし、その時点で彼女のデビュー告知はすでに盛んに行われており、どうにもこうにも引っ込みが付かない状況。でひとまず2月にタイアップなしでデビューはさせたものの、その売り上げは予想以上にジリ貧となってしまったのである。これはまったくの計算外の出来事だったであろう。サンミュージックと言えば、それ以前にも桜田淳子さんなどの活躍で、賞レースにおいては華々しい実績を誇っていたトコロである。そこがそれを狙えない…とメンツを
かけて焦った挙句の苦渋の選択…それはプロジェクトが頓挫し、売れる見込みが薄くなった圭子さんを切り捨て、新人賞を狙える新しい誰かに白羽の矢をたてること…それだったのである。そしてその‘誰か’が当時は蒲池法子と名乗っていた少女、そう、女優デビューが先、歌手デビューは2年後…と蚊帳の外にされていた聖子さんだったのだ。当初に存在していたというその契約とやらはどこへやら…NHK「レッツゴーヤング」のサンデーズの一員にも選出されるというお膳立ても付き、あれよあれよという間の歌手デビュー。しかも急遽与えられたデビュー曲が「エクボ」のCMソングにもなるという強運さ加減だ。所属レコード会社は圭子さんと同じくCBSソニー…同じ事務所と同じレコード会社よりふたりの新人歌手をこれだけの短期間にデビューさせたというこの事実、当時はかなり‘異例’だったらしい。それだけ社もこの計算外の失敗に慌てふためいていたのだろうか。ここら辺りが当時の2社のてんてこ舞いぶり、そしてこのデビュー曲「裸足の季節」における‘エクボ’という歌詞が聖子さんのソレに合致しないままデビューさせてしまった…という理由を裏付ける部分でもある。